十九綴

tsudzu-tsudzuri

劄記201

どうも、十九です。
劄記200を盛大にやって、ちょっと休憩を挟んで、
またぼちぼちやっていこうかと思います。
摘記とかいうコーナーも設けておいてあまりやってないですね。
それも活用していきたいところです。
あと溜めていた目録を消化しました。地味に苦労しました。
そしたら気づいたんですが、過去に紹介した言葉をまた紹介していたようです。
それが「祗回(祗廻)」です。劄記89劄記194で2回です。
その言葉を紹介したかどうかはけっこう覚えていることが多く、
今までほとんど重複せずにやってきました。何度かやってるけど。
ということでそこそこ珍しい現象です。やっちゃった。
でもまぁ文体というかテンションがけっこう違いますね。
そういうのを観察するのも面白いです。
ひとまず劄記していきましょう。





  【没分暁漢】ボツブンギョウカン・わからずや
  物事の道理に通じていない人。話の通じない人。
  「あたしは基督教信者だけれど、何も人様のなさる道楽にまで、
   とやかうと口出しをするほどの没分暁漢わからずやぢアないつもりです〔多情仏心〕」
     ―新潮日本語漢字辞典より


これは割と漢字界隈では有名なやつです。
「本当にそう読ませるのか~?」と正直思っていたんですが、
こうやってちゃんと出典を確認すると安心します。
別にどの字をどう読ませても構わないと思うんですが、
誰がどういう当て方をしたかが確認できるとやはり違います。
ネットでその辺の誰かが適当な当て字や造字をしたやつかもしれないし、
ちゃんと小説やら出版物から引用されたやつかもしれないし。
しかし没分暁漢ってなんだ。どういう意味の字なんでしょう。
大食漢とか言うように、「漢」は「男(人)」の意味がありますね。
で、「分暁」が「夜がまさに明けようとすること。」や、
「明らかなこと。」というような意味があるんだそう。
通暁とか言うみたいに「暁」も「あきらか」「さとる」の意味があるし、
「分暁」は物分かりがいい、みたいな意味なんでしょう。
そして「没個性」や「没常識」のように「没」には「~がない」みたいな意味があるので、
分暁がい漢、没分暁漢ということなのかな。なるほどな。




  【枉惑】ワワク
  (ワウワクの転)道理にはずれていること。
  また、人をたぶらかすこと。わやく。
     ―広辞苑第六版より


「枉」の音は「オウ」なので本当なら「ワ」みたいな音にはなりませんが、
歴史的仮名遣いだと「ワウ」と書くんですよね。
それで注釈にあるように「ワウワク」が転じて「ワワク」になったと。
「枉」は「まげる」などと読み、道理を曲げたりすることを言います。
なんかそういう字面してますね、枉惑。よくない顔してる。
意味と読みも面白いんですけど、「ワウワク」って字面も好きです。
なんかこのマリリン・マンソンみたいな感じ。似てるんだよお前ら。
「ワーク」って急いで書くと「ワーワ」とか「クーワ」みたいになるよね。
段々とゲシュタルト崩壊してきそうです。ワウワクワウワクワウワク。




  【涙河】ルイカ
  涙が川のようにさかんに流れるさま。
     ―新漢語林より


涙はよく雨とかに喩えられますけど、川もありますね。
で、漢語で言うとこういう感じになるそうです。涙河。
川と河に正確な違いがあるか知らないですが、
涙川より涙河の方がなんか見栄えがいい気がします。
氵で統一されますからね。いい感じ。
あと日本人的な感覚からして、「涙川」ってなんか実在しそうなんですよね。
ひとまずググったらなさそうです。歌はありましたが。




  【夕轟き】ゆう-とどろき
  ①恋情などのために暮れがた胸のさわぐこと。
  ②夕方、どことなく物音の騒がしく聞こえること。また、その物音。
     ―広辞苑第六版より


こりゃまた面白い。①がほんといい感じです。
夕方とか晩って、妙に胸騒ぎすることありますよね。
ア~~なんか寂しいなとかそういうやつ。
最近はかなり少ないですが、昔そういうことがたまにありました。
好きな人を思って眠れなかった日とかもマジでありました。
眠れなかったというかかなり寝付きが悪かったのかな。
ちなみにそういうのを「恋い明かす」と言います。
恋情「など」とあるので、別に恋情に限った話ではないんでしょうね。
でも主に恋情とかそういう気持ちのニュアンスが強そう。
②もまぁなんかあるんでしょうかね?
酉の市を近所でやってた時とかそんな感じだったっけな。
あとはどこからともなく猫の喧嘩が聞こえてきたり…… これは違うか。






今日はなんか微妙に筆が乗りませんでした。
でもまぁそういうこともある。続けることが大事。
今日こそは早寝したいので後書きはしません。また次回!