十九綴

tsudzu-tsudzuri

劄記97

どうも、十九です。
土曜と日曜、油断しがちですよね。
休日だったら朝起きるのが遅くなっちゃったりとか。
でもこないだの土日は7時半に起きたんですよ。
生活リズムを保ててる~いいぞ~。
で、今日ですが、朝目が開きはしたものの目覚めが非常に悪かった。
特に前日に夜更かししたりとびっきり疲れることをした訳じゃないんですがね。
目覚まし時計をかけ忘れていたような気もしますが。
あとたぶん低気圧も関係ない訳じゃないと思う。
ということであまりよくないスタートを切りました。しょうがない。
そういうこともある。低気圧許すまじ。
だから劄記するわ。



  【見賢思斉】ケンをみてはひとしからんことをおもう
   賢を見ては斉しからんことを思う
  賢人を見ては自分もこの人と同じようになりたいと思う。〔論語、里仁〕
     ―新漢語林より


本当にそう思います。でも劣等感を抱きすぎてはならない。
比べるのは大事なことだけど、比べ方は慎重に。
自分は人より劣っていていい。そう感じていい。
しかし、そこから努力をしないとただのダサい人だ。
劣りを感じて捻くれていれば優れる訳でもあるまい。
賢人を見て、尊敬し、近しく思うことが大事かなと。
遠く感じすぎると自分には手の及びがたいものに感じ、
その遠大さに努力する意志を自ら損なうのだ。
敬おう。近づこう。



  【心】うら
  (表に見えないものの意)こころ。おもい。
     ―広辞苑第六版より


表に見えないもの、うら。つまり心だそう。心の古語みたいなものですね。
本題はそこではないんです。これ、現代の言葉にも実は生きています。
「うらやむ」です。原義としては「心病うらやむ」だそう。
でも「うらやむ」も、古語とかだとまたちょっと意味が違いますよね。書いときましょう。


  【羨む】うらや-む
  《他五》
   (「心(うら)病む」の意)
  ①人の様子を見て、そのようにありたいと思う。
  ②人の境遇・資質などが自分よりよいのを見てねたましく思う。ねたむ。
     ―広辞苑第六版より


もっぱら②が使われますが、①がもともとの意味なんでしょうね。
①にはたぶんよいわるいのハッキリした区別はないのかな。
自分もある優れたもののようにありたいと思う。
それは心が病んでいることなんでしょうかね。それはまぁさっき言った感じで。



  【力不足者中道而廃】ちからたらざるものはチュウドウにしてハイす
   力足らざる者は中道にして廃す
  真に力量の足りぬ者ならば、途中で力尽きてやめてしまうであろう。
  〔論語、雍也〕━━、今女画(いまなんじはかぎれり。)
  ➡━━、それなのにお前は自分で自分はだめだと、初めから見限っている。
     ―新漢語林より


例文は、本当に力が足りないやつは勝手に途中でやめるけど、
お前は本当は力があるのに(本当に力があるか分からないのに)最初から諦めてる、
みたいな感じの意味合いでしょうかね。たぶんそう。
本筋とはなんか違う気がしますが、継続する力って大事ですよね。
継続する才能、努力する才能。なんやかんやそいつが一番重要な感じがしてきています。
私にはそれがあるだろうか。いや、きっとある。
努力をし続けることに関しては右に出るものがいないくらいになってやる。



  【鷹鸇志】ヨウセンのこころざし
  たかや、はやぶさが小鳥をとるように、たけだけしい意志。
     ―新漢語林より


私はいま鷹鸇志を抱いているだろうか。我ながらそういう気がする。
どこからか勇気が湧いてくる。なんだってやってやる、そんな気がする。
まぁ今日はもう遅いし低気圧のせいでなんか頭が重いのであまり動けないけど。
これからの人生、めいっぱい足掻き続けてやろう。
努力して、砥礪を怠らないでいよう。継続しよう。
そういえば何かを継続し続ける練習っていう目的でこのブログを開設したんだっけか。
すっかり習慣になってますね。更新が途切れるといやな気持ちになるし。
これは成功なんじゃないかな。ひとまずそれは100回で祝おうか。




なんだか勇気が垣間見える劄記になった気がします。
本当にその時の体調やら心情を悉く反映しますね。
そういう意味でもブログを続けて本当によかった気がします。
といってもほぼ読み返してませんがね。ははは。
そういうことなので明日起きられるようにさっさと寝る支度をしようか。
明日の用事は午後からですがね。でも午前にその準備をしなくては。
生活習慣と健康の保持。努力し続けたいです。また次回。