十九綴

tsudzu-tsudzuri

劄記101

どうも、十九です。
劄記100回を越し、なんとなく気合いが入ります。
今日は友人とゲームセンターでドンドコしてきました。
つかれました。うええーー。休みたい。あと60時間くらいダラダラしたい。
もちろん楽しかったですがね。でも休みたい。
でも劄記はするもんね。いえい。えらい。
今回はもう劄記しにいっちゃいますもんね。



  【雲烟過眼】ウンエンカガン
  雲や煙が目の前をまたたくうちに過ぎ去るように、
  物事に深く心を留めないこと。〔北宋、蘇軾、王君宝絵堂記〕
     ―新漢語林より


そういう心持ちも欲しいところです。
もちろん気に留めなさすぎるのも問題ではありますが、
私は気にするほどでもない些細な部分ばかり気に留めることもしばしばあるので。
気にしすぎて気を病むことさえあります。
立ち止まってては問題の解決さえできずに、
更に気が重くなってしまうっていうのにね。まったく。
でもまぁ段々とその辺も直していきましょう。



  【逞欲】テイヨク
  欲望をほしいままにする。
     ―新漢語林より


「逞」は「たくましい」と読むことがあるので、
たくましい欲かと思ったらそうではなかったです。
「たくましくする」という意味もあるようで、
こころよくする、ほしいままにする、つくす、といった意味だそうだ。
そのうち、ほしいままにする、が今回の意味のよう。
欲望をほしいままにしてみたいですね。
欲すればあれが手に入る、あれができる。
でもまぁそうやって簡単に手に入りすぎるのもなんかよくない気がする。
それなりに富や力を持っていても身の程とか足るを知れるようになりたい。



  【舴艋】サクモウ
   (蚱蜢(イナゴの類)に形が似るところから)小舟。
     ―広辞苑第六版より


なんだか面白い表現の仕方ですね。漢字ならではでしょうか。
乍孟の音でイナゴの意を表し、舟を足してやることで舟の意を表す。
そういう表現もあるんですね。他にそういうやつないかな。
なかなか思いつかないな。たぶんそんなにない。募集中。



  【黄口児】コウコウジ
  年若く経験の浅い者。青二才。
     ―広辞苑第六版より


こっちも色が入ってて三文字で経験が浅い者を表すようで面白い。
青二才の青は未熟の意味だそうですね。果実が青いとか言うし。
黄口は何かと思ったのですが、雛鳥の嘴が黄色いことだそうです。
人じゃなかった。鳥かよ。蒙古斑的な感じで口が黄色くなるやつかと思ったわ。
そんな症状あるか知らないけどね!黄疸じゃあるまいし。
ということで青二才が嫌だったらこちらを使ってみましょう。




100回を盛大にやったので、こちらが見劣りしますね。
まぁいい。そういうものです。継続が大事なのです。
我ながらなかなかよく続けられてます。
私、十九つづの「つづ」は「つづける」の「つづ」です。嘘です。後付けです。
でも続ける人間にはなりたいですね。何事も。
どんなことだって続けりゃなんとかなります。
必ず成功する雨乞いじゃないけど、そんな風味。
そういうことなのでこのブログはずっと続きます。多分。
ではまた次回!