十九綴

tsudzu-tsudzuri

劄記151

どうも、十九です。
今日も調子がよろしくないです。まずい。
単位が危うい授業とかも出てきてしまいました。
まぁこれも私の寝る時間が遅いせいなんですけどね。
睡眠時間が少ないことに弱いくせに、
その辺の管理が甘すぎるのが悪いです。
あまり自分を責めすぎずに見直したいところですが、
そろそろちょっと厳しく思ってもいいんじゃないかな。
まぁなんとかうまく生きる方法を探したいです。
この調子じゃ社会に出てうまく生きていけるかが心配ですし。
学生の内に少しでも整えておきたいです。
そういうことなので、一昨日昨日今日と頭をあまり働かせていません。
頭を醒ますために劄記します。
本当は今日もグダグダしてたので時間は少ないのですが、
心の靄を晴らすためにも頑張ります。




  【𪆂】つつ-まなばしら
  鶺鴒セキレイの古称。〈享和本新撰字鏡〉
     ―広辞苑第六版より


ちゃんと表示できてますかね。拡大すると𪆂です。
もし表示できていなければ、⿰渠鳥 という字形になっています。
「⿰渠鳥」は、偏が「渠」で、旁が「鳥」ですよという意味ですね。
こういうのを「漢字構成記述文字」と言います。気になったら調べてね。
ところで、長い訓読みです。こういうのいいですよね。
語呂もなんとなくいいし、セキレイも一般的な名詞であります。
軽く調べてみたところ、「つつ」も「まなばしら」もセキレイの古称のようです。
どちらも「鶺鴒」の字に当ててそう読むそうな。
古称を2つ並べたってことになるんでしょうかね。
まぁ色んな意味で素敵な言葉です。



  【交尾む・孳尾む・遊牝む】つる・む
  《自五》牝と牡とが交尾する。つるぶ。つがう。〈日葡辞書〉


  【連む】つる・む
  《自五》連れ立つ。連れる。
  東海道中膝栗毛(4)「やらやつとあとから―・んで来申すハ」。
  「―・んで飲みに行く」
     ―広辞苑第六版より


「つるむ」、よく使いますよね。
お前、よくあいつとつるんでるよな、とか。
同音異義でかなり意味が変わってきてしまいますね。
前者の「つるむ」も耳にしなくはないと思いますが、
今は専ら後者で耳にすることが多いでしょう。
でも「交尾む・孳尾む・遊牝む」の当て字感はたまらなく好きです。
主語が女性や牝だったら「遊牝む」でなく「遊牡む」になるのでしょうか。
「交尾む」とかいう字面のストレートさは薄い本を髣髴とさせますね。
もし「つるむ」を漢字で表記される際には気をつけましょう。



  【追咎】ツイキュウ
  事の済んだ後になってとがめること。
     ―広辞苑第六版より


意図的にこれをする人は非常にズルいです。
結果論を盾にいろいろ言ってくるやつ。後から言いたい放題。
まぁ単純に物事が終わってからじゃないと言いづらいシチュエーションもあります。
でもやはり終わってから言われても仕方がないこともあります。
意図したかどうかにかかわらず、
できるだけ言いたいことは言えるようになりたいですね。
何か意見するのに物怖じしない力とか自信、大事です。
何度もこのブログで言っていることではありますが、
心の余裕を常に持っていられるようになりたいです。



  【放於利而行多怨】リによりて行えばうらみおおし
   利に放りて行えば怨み多し
  損得ばかりを中心として行動すると、
  人のうらみを受けることが多い。〔論語、里仁〕
     ―新漢語林より


成長したり、さまざまな集団に属する度に感じます。
損得だけじゃ計れないものとか、
それだけによって行動できない場面とかありますよね。
よく言うのが、ゲームやテレビは教育に悪いから子供から遠ざけ、
教養によいものばかりを与えてきたはずなのに、
なぜか鬱や引きこもりになってしまった、みたいな話。
それでいて親は自分の教育を間違っているとは思わないとか。
まぁ間違ってはいないとは思うんですけどね。
そういういわゆる「無駄」といいますか、
直接は利益に通じないもの、無駄とかを完全に排除してはならないとか、
そういったことも年々感じています。
でもなぜそういう無駄が必要なのか、
必要というかあった方がいいのかという理由が説明できません。
これを言語化・明文化できたら割とスッキリするんですがね。
まぁこれから適当に考えていきましょう。



  【六合】リクゴウ
  天地と四方。宇宙全体。
     ―広辞苑第六版より


なんだか素敵ですね、こういう表現。
東西南北とかの二次元的な四方に合わせ、
そこに三次元的?な天地を合わせて、全世界とか宇宙の意味にする。
こういう表現、好きです。うまく一般化できないけど。
「六合」を見て思い出すことといえば、「六合村くにむら」ですね。
これは群馬県にかつてあった村の名前です。
現在は中之条町となっていますが、群馬の難読地名として知られています。
小雨、赤岩、生須なます太子おおし、日影、入山の6つの大字を合わせたことから「六合」と名付けられたそうな。
あとWikipediaから引用します。

古事記上巻序文に「乾符を握って六合を総べ」、
日本書紀神武天皇即位のくだりに「六合を兼ねて以って都を開き」とあり、
「六合」とは天地と東西南北、すなわち支配の及ぶ範囲「国」を表すことから、
「六合」を「くに」と読んでいる。なお、
古事記に「天地四方を以って六合と為す」という文が登場することから
「六合」を「くに」と読む」という由来は俗説であり、
古事記には「天地四方を以って六合と為す」という文はない。

私の環境だとめっちゃ「より」が付いてますが気にしないでください。
久しぶりだな、この現象。
まぁとにかく「六合リクゴウ」の意味もかけてあるのは確実でしょう。
それでたまたま6つの大字が合わさってできたのも重なり、
誰か教養があってネーミングが上手い人が考えたんでしょうね。
非常にいいセンスです。読みにくいけれど。こういうのも好き。





あまり元気がない文章になった気がします。
でもそういう割には以前よりは元気かな。
精神や生活が崩れやすいとはいえ、
やはり少しずつ安定に近づいている気はします。
少しずつでいいのです。苦しくて焦るけれども、
こういう所で焦ってもまた大きく崩れる原因になりかねません。
なんとか頑張りたいです。また次回。