十九綴

tsudzu-tsudzuri

劄記105

どうも、十九です。
こないだからの微妙な調子の悪さを引きずっています。
でもまぁなんとかやっていけてます。多分大丈夫。
いろいろやることが差し迫ってきて焦りを隠せません。
あせあせ。あれやらなきゃ、これやらなきゃ。
落ち着こうにもやっぱり気がかりになりますよね。
その辺を捨て去って一気に集中できるといいんですが。
できることにはできるけど、完全に忘れ去るので、
いざひとつ事を終えたらあれ、何やるんだっけみたいな、
準備ゼロの状態みたいなのから再スタートするはめになるのもしばしば。
うまく生きていきたいな。劄記します。



  【撞鐘】つきがね
  ついて鳴らす鐘。つりがね。梵鐘。
     ―広辞苑第六版より


この単語自体は特にどうってことないです。はい。
部首意外の部品が一致してる言葉ってなんかいいよねってやつ。
推進、艱難、脱税、暗闇、淤閼オアツ(どろがふさがりたまる)……
そういう視点から言葉を楽しむことだってあるのです。
他になんかないかな、こういうの。
あるとしてどうやって探すのがいいんだろね。



  【貂誇り】てんぽこ-り
   (テンボコリとも。「鼬(いたち)の無き間の貂誇り」の略)
  自分よりすぐれたもののいない所で、自分の才能をほこること。
  転じて、大騒ぎをすること。
     ―広辞苑第六版より


ネット弁慶とかたぶんこういうことですよね。
ちょっと違うか。でも部分的に合ってもいるはず。
インターネットの、とりわけ知人くらいしかいない輪の中で、
私はこんなすごいぞ、こんなに知っているぞと誇る人。
ちょこっと拡散されてもっとすごい人の指摘とかを食らうと、
なんとか面子を保とうとしながら詭弁を吐き出して逃げるやつ。
と、散々な言い分をしてますが、誰しもそういう心は多少あるでしょう。
私だってもしかしたらそういう所があるかも。
あまり自己をひけらかすことをしたくない気持ちもあるし、
時に自分の業績とか努力をしっかりと認めてほしい気持ちもあります。
自尊心だとか承認欲求だとか優越・劣等感だとか、
いろんな気持ちと付き合っていかないとなりませんね。



  【藐藐】バクバク
  ①美しいさま。
  ②人の教えが心にはいらないさま。
  ③はるかで遠いさま。
  ④さかんなさま。大きいさま。
     ―新漢語林より


藐。あんまり馴染みのない字でしょうね。
私は般若心経に出てくる「阿耨多羅三藐三菩提アノクタラサンミャクサンボダイ」の印象が強いです。
それはそうとして藐藐ですね。まぁ割とふつうの意味。
でも②がなんか珍しいですね。なんだこれ。
人の教えが心に入らない。どういうシチュエーションを指すんでしょうか。
先生に教わってて理解しようとしてるけどなかなか身につかないとか、
あるいは教わる側が聞く耳を持とうとしていなとか。
どっちにも使えるんでしょうか。たぶん使ったらそういう意味になります。
「藐」自体に色々な意味があるようですね、どうやら。
「はるか」「すすむ」「ちいさい」「かろんずる」「うつくしい」など……
漢字ってそういうものです。はい。多分。
辞書によって意味の解釈が違ったり、そもそも間違ってたりもするらしいし。
まぁそういう言葉を使う機会はそう滅多にないですがね。



  【俶儻】テキトウ
  ①才気が高くすぐれていること。
  ②物事にとらわれないさま。倜儻(テキトウ)。
     ―新漢語林より


2文字目が見づらいでしょうか。です。
旁は 尚 + 黑 ですね。党の旧字体だったりします。
テキトウって音の割には随分と優れてそうな意味ですね。
まぁ本来の適当も粗雑とかそういう意味じゃなくて、
ぴったりと適っている方の意味ですけどね。「いい加減」もそう。
才気が高くてすぐれていて、かつ物事にとらわれない。
これもう絶対若くして才能を発揮して活躍しまくる人でしょ。
そういう人になりたかったもんですね。まだ若いっちゃ若いけど。
努力でなんとかなる面は努力します。そのつもり。
努力の天才でありたい。俶儻な人になってみたいもんです。




今日はこの辺で。熟語は少なめだけど更新するのが大事。
いろいろやることに追われてちょっぴり疲れ気味です。
でもまぁひとつ大きなやつの終わりが見えてきたので、
ちょこっとだけ安心できます。油断はなりませんが。
今週末にバシッと仕上げてさっさと安寧を得たいです。
つかの間の安寧を得た後にもまだやることはあるけどね。
でも今最優先で進めてるものほど重要性はないので。
具体的なことを言えないので何を言ってるやらって感じですね。
とにかくやることが沢山ってことです。また次回。